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自分にとってのジャーナリズム 

昨日平日から飲んでて疲れてたせいかライブラリーの椅子で二時間半も本気で爆睡してたRayです。こんばんは。




って、もう「こんばんは」の時間じゃないですか!?



何か、浅い眠りだったんで、夢見てたんですが、夢の中で課題やってたはずなのに起きたら全然課題終わってない!そんなバナナ!!



ちくしょー 二時間半も無駄にした。(TT)





そういえば、このMSNのブログ、URLとシステムが若干変わりまして、一段と使いにくくなっております。^^;



コメント欄ですが、Hotmailのアドレスでサインしないとコメントできないまでは一緒で、前は 下から上へ、コメントが蓄積されてくのが、今後は上から下へとなりました。


ただやたらと使いにくいので今後引っ越すかもね。^^;






さて、昨日は、専門学校時代の同級生かつ、Mixiへ招待してくれた恩人、Eriko嬢がハワイの大学卒業して帰ってきたというので、若干無理押して渋谷へGo!



当時の仲間4人集まりましたが、もう早いもので、専門学校いたころから5年経つんですよねぇ。。。


五年前はまさかまだ学生やってるとは思わんかった。爆




当時は、10代最後の年で、みんなが「留学」って目標に切磋琢磨していて、本当にいい時期だった。^^ 



短かったはずの一年が本当に濃密だったもんなぁ。。 




しかし、時は経てども、集まればすぐ当時に戻ったような気分になれる仲間がいて、未だに連絡途絶えないのはうれしいことです。^^ 





結構、集まれば毎回当時の話で盛り上がりますが、当時、19~20くらいの僕の夢というのが、



今でこそ、「国際協力分野」ってのに絞られつつありますが、


当時はジャーナリストだったんですよね。



結構、この夢は硬く、大手通信社と契約結んでフリーで活動出来るフォトジャーナリストにして、記事も自分でかけるような。。。


と、夢はあったんですが、




紆余曲折を経て、今に至るんですけど、



落ち着いて考えてみると、根本は全然変わっていなかったんですよね。





当時から、発展途上国とかの現状を見て、それを伝えるってことに、魅力と使命感(←カッコつけてますが)を感じて、


大学でジャーナリズムを学べる、アメリカにいったんですが、あっさり挫折。笑



ってかね、確かに文章書くのは好きだったんですが、



まずそんなに英語力がNothing。笑




あと、どうも目標が漠然としていて、具体的なものにならなくて、モチベーションも上がらんかったんですよね。^^;



結局、体壊したのもあって、留学自体中断し、一度じっくり考えること一年。。。。




と、簡単に書いてるがこの時期が辛かった。^^;


うつ病にもなったさ。




が、「根本」を見つめなおすという面ではいい時間だった。



取りあえず、発展途上国や貧困地域のために働きたいという、漠然とした思いは消えず、むしろそのツールとしてジャーナリズムを選択していたが、


ジャーナリズム自体にかなり失望していた時期でもあった。



まず胸を打つような記事になかなか出会えない。



写真も叱り。 仮にいいものがあっても、なかなか一般誌に出てこない。 




「批評家」と呼ばれる人も「批判家」ばかりで、マイナスの側面からもプラスを探し出せるような、

物事の本質を見極め、詳細なバックグラウンドを描けるような人も減っていたし、何よりそういう舞台が少なくなったなぁと感じていて、


ひとつの結論に結びつく。




経験なき言葉に重みはない。 


ということ。 



表面だけなでるような、言葉ではなかなか伝わらない。



そして、記事というものはかなりの割合で、市場原理で動くということも学んだ。


誰も読みたくない記事は読まれないし、



ブログなど、新しい、コミュニケーションの発達もあって、個人がいくらでも情報を発信できるようになったし、


ネットが普及するにつれ、個人が情報を選別する傾向もますます強くなった。




裏を返せば、



しっかりした経験に基づき、事実と信念、つまり客観と主観を両立させて、人に強く訴えかけることが出来れば、


概存のメディアという枠組みを通さなくても、世の中に事実と意思を伝えることは出来ると思ったし、


ジャーナリズムという形にこだわらずに自分の望む国際協力は出来るのではないか。。。。と思ってからは行動早かった。



すぐに大学に戻って、もう一度英語を学んで、決心してから半年弱でまた学生として、授業受けてるようになってた。




ジャーナリストって目標の形は変わったけど、根本的な意思は変わっていない。



当時からよく考えてみれば、「国際協力分野」を目指してたわけで、そのほう穂のひとつのジャーナリストだったわけで、


今はもう少し、包括的かつ、具体的になっただけ。




そういう面でも、今度のインドでの現地実習は大きな意味を持つ。
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[2006/02/01 04:22] 未分類 | TB(0) | CM(0)

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