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私事:葬儀を終えて。 

サッカー日本代表の華麗なバックパス堪能したRayです。こんばんは。^^ 



リードされてる時は、ひとりくらい「無茶やるで~☆」みたいなのがいてもエエと思うが・・。

攻撃的な正確って日本では評価されないのかな?^^; 

格闘技とかではだいぶ増えてきましたが。


そういう自分も攻撃的になる必要があるシーンでも、温厚な面が前面に出ることが多々。

難しいもんです。


サッカーなんぞ中学の授業の時は出来る限りボール来ない所にいましたもんね。笑




さて、昨日、一昨日と、母方の祖父の通夜と告別式でした。

今まで知り合いの葬儀などは幾度と無く出席しておりましたが、家族では初となるため、やはりいざ別れの時が来ると寂しいものです。


亡くなったことを知らされてから、友引の日があった関係で1日空けての葬儀だったこともあり、死の実感が中々湧きませんでした。


ただ、沢山の花に包まれお棺に納まり、穏やかな顔の祖父が火葬に向かう時、

ようやく永遠の別れと言う実感が湧きました。 



当然、哀しく寂しい気持ちもありますが、安心感のようなものもあります。


最後まで、寝たきりの状態や痴呆状態にはならず、2週間前に家族皆で昼食会を催した時も意識もはっきりしており、実家の二階まで自分の足で階段を上がっておりました。


その翌週、自らの意思で再入院。

最後は眠るように息を引き取り、

まだ若い自分が見ても、「最後はこうありたい」と思えるような最後であり、

当人も思い起こすことは無かったと思います。



大正末に生まれ、戦中は満州に駐留、高度経済成長の日本の中で、時にはビジネスに失敗し、時には盛り返し、83歳まで仕事を続け、激動の時代を生き抜いた祖父。


その必死に生き抜いた人生の報いとして、穏やかな最後を迎えることが出来たように思います。


火葬場にて、黒い煙が昇ってゆくのを眺めておりましたが、


空は前日までの梅雨空が嘘のような、雲ひとつ、風邪ひとつ無い快晴。


一緒に出かけると寄り道癖があり、すぐどこかへいなくなる祖父でしたが、

この日は真っ直ぐ天国に旅発ったようです。 



祖父との別れを通して学んだことは、


単純なことではありますが、必ず人生に終わりは来るということ。


どんな人間でも、人生の最後には死が待っており、焼かれ、白い灰になり、一筋の煙として天に帰る・・


いずれ自分もそうなることがよく分りました。


その時、自分も親族に囲まれ、今までの人生の労いを受け、快晴の空の下旅発つのか。


全ては今後自分がどう生きるかに掛かっていると思います。 


祖父から教わった多くのことを忘れずに、再び再開する時に胸を張って逢えるよう、

自分の人生を精一杯生きようと思います。
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[2007/07/26 00:54] 未分類 | TB(0) | CM(2)

お祖父さんを亡くされたことについて、お悔やみを
申し上げます。私も昨年に母方の祖父が亡くなり
ました。縁のある人間が亡くなると、その人の人生
を考えたり、自分の人生と照らし合わせたりします
よね…。
先に逝った人間が教えてくれたものを、今後に生か
していきたいです。
[2007/07/29 08:30] ガチャピン [ 編集 ]

>ガチャピンさん
コメントありがとうございます。縁もありますし、非常に付き合い深かった祖父だけに寂しい想いは大きいです。 しかし仰る通り、教えてくれたものを今後に活かして生きてゆきたいものです。お坊さんもそれが個人に報いることだと仰っていました。^^
[2007/07/30 02:14] Ray [ 編集 ]

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