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前回の記事で思い出したこと: 野次馬? ジャーナリズム? 

前回、

「野次馬とジャーナリズムの境界線」


という、話題で何気なく記事を書いたが、自分にとっては常々考えていたテーマでしたので、少々続き・・・というか、

話しを秋葉原の本物の「野次馬」から、外しまして、

自分の人生を変えた、と言っても過言ではない、一枚の写真にまつわる話。



まずはこの写真を見ていただきたい。













wanting_a_meal.jpg





1993年、アフリカ・スーダンにて、

南アフリカ出身のフォト・ジャーナリスト、ケビン・カーター氏によって撮影された、


「ハゲタカと少女」


という写真で、


1994年のピューリッツアー賞を受賞した余りにも有名な報道写真です。




当時、この写真が掲載されると、


「何故少女を助けなかったのか?」



という批判が世界中で巻き起こりました。





そして後日談において彼はこう語っています。



以下、引用


「取材活動の中のある時(撮影された日)、一人の少女と出会った。
その少女はうずくまり、必死に立ち上がろうとしていた。

その光景を見た後、一度はその場を立ち去ったが、気になりもう一度引き返した。すると、その少女の近くにハゲワシがいて、その子に向かって近付いて行ったんだ。

その瞬間、フォトジャーナリストとしての本能が”写真を撮れ”と命じた。その時、目の前の光景がとても強烈で象徴的な場面だと感じたんだ。スーダンで見続けてきた物で、最も衝撃的なシーンだった。

その瞬間には、自分はプロに成りきっていた。

何枚かのシャッターを切ってから、さらにいい物を撮るのに、ハゲワシが翼を広げてくれないかと願ってもいた。

そして、15分から20分は待ったが、途中で膝が痺れてきたんだ。だから、立ち上がった。そうしたら、何故か急に怒りを感じ、ハゲワシを追い払った。すると、うずくまったままの少女は立ち上がり、食料救援センターの方へとヨロヨロ歩いていった。

この後、とても荒んだ気持ちになり、複雑な感情が自分の中で渦巻いた。

フォト・ジャーナリストとして物凄い写真を撮ったと確信はしていた。

この写真は多くに人へインパクトを与えると思っていた。写真を撮った瞬間は気持ちが昂ぶっていたが、少女が歩き始めると、とても暗い気持ちになったんだ。

私は祈りたいと思った。神に話を聞いて欲しかった。この様な場所から私を連れ出し、人生を変えてくれるようにと。

そして、木陰まで行きタバコを吹かし、泣き続けた事を告白しなければいけない。」





と、彼は語っており、


またWEP(世界食糧計画)の配給所のそばで撮られた一枚であり、他のジャーナリストの証言からは、母親がそばにいたとの話です。


が、しかし、


そういう状況でも、

「写真を撮ってる何て人間味が無さ過ぎる」


という類の非難は続きました。



しかし、あくまで私の意見ですが、



この写真からは痛々しいまでの、「人間性」が伝わってきます。



もし彼が、ここで写真を撮らず、


しっ!しっ!とハゲタカを追い払い、後日友人に、

「聞いてくれよ!スーダンでこんなことあったんよ!」

と話したところで、

その時、スーダンにおける内情を何人の人が理解することになったでしょうか?


実際、当時スーダンでは、83年から続く内戦で、国は荒廃。 日々多くの子供が死んでいく中、政府は取材を制限し、情報の流出を防いでいました。



もし、彼がこの瞬間にシャッターを切らなかえれば、恐らく多くの人に伝わらなかった事実でしょう。



しかし彼は、ピューリッツアー賞を受賞して程なく、

自殺によってその短い生涯を終えています。



元々躁鬱病で薬中毒気味でもあり、その中でこのバッシングに巻き込まれ、余りにも切ない最後を向かえてしまいました。



この写真から自分が学んだことは、ひとつは、


フォト・ジャーナリズムの重要性。



一枚の写真が世界を動かす力にもなる、ということを知り、大きな衝撃を受けました。

自分が国際協力分野に興味を持つきっかけを作ってくれた写真です。




もうひとつは、




批判をすることへの責任




前の記事では、



情報を発信することへの責任


について触れましたが、

中でも、


批判


という、情報を発信するには最も大きな責任が伴う、そう思います。


この、ケビン・カーター氏の写真を批判した人達は、



撮影した国、撮影時の状況等、


背景を理解したていたのか?




また、



この写真を非難した後、




スーダンのために具体的な行動をしたのか?





という点が責任といえるとかと思います。




しかしながら、


スーダンの状況はつい最近まで内戦が続き、今でも多くの難民が苦労を強いられている現状です。

少なくとも、当時写真を見て、怒りを感じた人間の多くが立ち上がり、行動起こした結果ではないと思います。



ケビン・カーター氏の死から15年近い年月が流れましたが、


今でも、彼の残したテーマ、メッセージは多くの問題点を我々に突きつけます。


そういう意味でも、


「歴史に残る一枚」と言えるでしょう。
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[2008/06/19 23:16] 未分類 | TB(0) | CM(0)

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