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沖縄史の勧め。 

暑い夏に飲みたいカクテル、 マルガリータ。



暑い夏になりたい髪型、 マルガリータ。





暑さに耐え切れずまた髪の毛刈っちゃったRayです。こんばんは。





オカンに 「アドリアーノと同じ髪型だぞ!」 と言ったら、 「永平寺のお坊さんとも同じよ」 って言われてしまいました。 ^^;



しかし昨日から久しぶりのこの感触気持ちよくて、延べ2時間は自分の頭撫でてますね。^^





ただ、夏から秋にかけて就活が始まるので、今の 「色黒+坊主+ヒゲ」 のサッカーブラジル代表に多くいそうなスタイルともお別れが近いかもしれません・・。



日本もさっさとフォーマルスタイルとしての 「ヒゲ+坊主」 認めてくれ。









さて、前回チラッと、沖縄慰霊の日に因んで我が故郷、沖縄について触れましたが、今回もう少し沖縄の歴史について書いてみようかと思います。



日本の教科書は琉球民族、アイヌ民族など、日本における少数民族についての記述が足らないところがあるので、関心深めてもらう小さなきっかけとなってもらえれば・・・。







人種的ルーツ



未だ諸説が多く、確定できるものはないが、フィリピン、ベトナムなどの東南アジア系、ミクロネシア系、台湾中国系の混血がルーツになっているという説を個人的には推したい。 

単純に自分の経験として、フィリピン・セブ島に行ったとき、現地の住民があまりにも沖縄の人たちと似ているのに驚いた。 

あと食生活、例えば海ぶどう(海藻の一種)を食べる民族は他にはなさそう。



尚、「日本人のルーツ」を考える上で、日本民族の六源流のひとつとして、アイヌ人と沖縄を中心とする南西諸島の「南東人」が縄文人の祖先となる・・・という説もある。 

こういう説をひとつ取ってみても、琉球民族とアイヌ民族が歴史から外されるのはなんとも皮肉である。



ただ、沖縄で発見されたおよそ18,000年前のものと言われる、港川人の骨格は、縄文人と共通点もあるが、相違点も多く、未だ琉球民族のルーツは謎に包まれているというのが結論のようだ。









言語のルーツ



琉球語は日本語の二代方言(本土方言、琉球方言)に分類されているが、全く違う言語と言っても良い。

琉球語は、琉球標準語(首里方言)、奄美方言、沖縄方言、宮古方言、八重山方言、与那国方言の五つの大きな方言と、およそ18種類の方言に分類される。



例えば、「ようこそ」 とか 「いらっしゃい」 は沖縄本島では 「めんそ~れ」 しかし、石垣島など八重山では 「お~りと~り」



またこの琉球語のルーツも人種的ルーツと同じくらい謎に満ちているが、現在、フィリピンのタガロフ語、ベトナム語、中国語などに共通点が見つかっており、後に日本語と混ざって形作られたものである可能性が高い。







文化的ルーツ



文化に関しては、中国、東南アジアの影響が大きいと言えるだろう。 例えば、赤を多く使う配色の建物などは中国の影響が大きいと言え、陶器の技術は12~13世紀頃、中国から大量に入ってきた記述も残っている。

元々沖縄が初めて記述として残っているのも中国(台湾説も有力)の記述。 文化的な影響は中国がきわめて大きい。



東南アジアに関しては、沖縄で有名な地酒、 泡盛 は米の蒸留酒だが、日本米ではなく、タイ米、ベトナム米などを使う。

サトウキビ、果物、香辛料など、食生活に関する文化は東南アジアの影響が多いといえる。



ただ文化に関しては、琉球王朝の最盛期、14世紀末から16世紀にいたる間、交易は、中国、日本、フィリピン、タイ、ベトナム、ジャワ(インドネシア)、ビルマ、マレーシア、ニューギニア、ミクロネシア諸島、スリランカ、インド、ポルトガル、などに渡り、

チャンプルー(ごっちゃまぜの意)文化というに相応しく、各地の文化が混ざってひとつにまとまった典型的な複合文化と言える。



元々、沖縄文化は他の文化に関して寛容で、タコスの具をご飯にかけて、タコライス・・・なんて発想も柔軟な文化性の表れかも知れない。^^









歴史





七世紀頃、初めて中国史(台湾説も)に載り、8世紀ごろ、日本史にも「南島」と記されるが、沖縄であるかは不明。

11世紀ごろまでは、いわゆる先史時代で、日本や中国と比べ、先史時代は長め。 貝塚などの調査によると、 沖縄・奄美地方は九州文化圏の一部、 八重山・宮古地方は東南アジア文化圏の一部に分類される。

後に互いに交流を深め、中国文化の影響が大きくなるにつれ、統一した 琉球文化圏を形成したと言われる。



12世紀から13世紀までを グスク時代 と呼び、各地にグスク(城)の築城が盛んになり、有力者同士の争いが耐えなかった時代。 

尚、現在でも沖縄では「城」を「ぐすく」と読むことがあり、 「金城」を 「きんじょう」 「かねしろ」 「かなぐすく」 と三通りの読み方をする場合がある。

13世紀は、特に 「三山時代」 とも呼ばれ、三つの有力者がしのぎを削る時代。 中国製陶磁器の輸入も多く、元による南宋の滅亡から、中国からの難民や亡命者も多かった時期。



13~14世紀には交易が東南アジア全域に広がり、琉球王朝誕生以前にも広い交易路を持っていたとされる。



15世紀、1429年に琉球は統一され、琉球王朝が始まる。 1470年にクーデターが起こるがその後は政情安定。

以降16世紀までが琉球王朝の最盛期となるが、この時期アジアの交易の支配を狙うポルトガル、 琉球~薩摩~堺の交易ルートの独占を狙う薩摩などの外圧が強まった時期でもある。



1609年、薩摩軍が琉球に侵攻、以後270年間に渡る薩摩の実効支配始まる。 琉球の交易は続くが、典型的な植民地交易のため、自国利益とはかけ離れたものとなる。

また薩摩によって歴史的記述は歪曲され続けたので、琉球史を研究する上での大きな障害となっている。

1637年に人頭税(人、一人頭に課せられる税金)が始まり、特に離島での過酷さは増す。 今でも宮古・石垣両島では人頭税石が残されており、普通に見ることは出来るが、この石のもつ過酷さを知る観光客は少ない。

与那国島にも人頭税による影響を表す史跡は多く、突然島民に集合をかけて、入れなかった人を殺してしまったとされる空き地や、妊婦を飛び越えさせた岩の裂け目(当然飛び越えられない)などは観光スポットとして残っているので興味ある人は見ることが出来る。





薩摩の実効支配は江戸幕府の崩壊まで続き、1872年に琉球藩となり、1879年、廃藩置県令がくだり、国王が退位、首里城を明け渡し、沖縄県となる。 正式に日本の一部となったのはこの時から。



1899年の最初のハワイ移民団を始めに、20世紀初頭の砂糖価格の国際的下落を期に、経済が悪化。 

日本本土、マニラ・メキシコ、ニューカレドニアなどに移民団が出発。



この当時、日本本土に置ける沖縄への認識は良くなく、仕事を求めても「朝鮮人・沖縄人お断り」というような差別も多かった。



のちの沖縄史は第二次世界大戦の沖縄戦へと続き、

1945年3月23日の大空襲から、

4月1日、米軍嘉手納に上陸。

5月28日、首里陥落、首里城司令部南部に撤退

6月11日、牛島司令官、降伏勧告拒否

6月13日、大田少将戦死

6月18日、米軍パグナー中将戦死、知事戦死

6月21日、米軍ヨセフ司令官、牛島司令官、陸相宛に決別電報を打つ。

6月23日、牛島司令官、最後の一人まで戦えと指示し、摩文仁で自決。組織的戦闘終結。 この日が慰霊の日となる。

6月24日、米軍掃討作戦開始。 南部のガマ(洞窟)などには多数の軍人、民間人が立てこもっており、降伏勧告を受け入れないため、米軍は洞窟の入り口を塞ぎ、天井に穴を空けて火炎放射器と手榴弾で掃討する作戦を取るが、この作戦に加わった米兵に精神錯乱者が多数出る。 云わば彼らもまた犠牲者と言えるかもしれない。

7月2日、米軍、沖縄戦終結を宣言。



が、この間にもおよそ2ヶ月間、ゲリラ戦は続く。



9月2日、日本軍残存部隊と米軍間で降伏調印式。 沖縄戦完全終結。





この戦闘での沖縄民間人の戦死者は12~14万人と言われている。

実に人口のおよそ3・5人にひとりの換算になる。



現在、摩文仁の 平和の礎 にはこの戦闘で戦死した、沖縄人、日本人、朝鮮人、アメリカ人など全ての人々、およそ22万人の名前が刻まれており、毎年新たな認定者の名前は増え続けている。



南部戦線の激戦を物語るエピソードは数知れず。 未だにマンションなどを建設するときに人骨が出てくるので、本土のリゾート建設は東部北部に集中して、南部は尻込みするのもそのひとつである。

僕自身も、子供の頃、公園で穴を掘って遊ばないように注意された経験がある。







1972年、日本に復帰。 再び沖縄県となる。


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[2005/06/26 00:11] 未分類 | TB(0) | CM(0)

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