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時事ネタ: 政治家、中川昭一氏を思う。 

「帰ったらすぐやること」を手の甲にメモっておいたら帰ってきて真っ先に手を洗って消えてしまったマメなバカな性格のRayです。こんばんは。^^


やはり体調不良はオーバーワークだったようで。^^;

トレーニングのピークをちょうど週末辺りに持ってこようと考えていたので結構なのですが、相変わらず体調悪くなるまでピークに気がつかない学習能力の無さに乾杯☆



さて、昨日も書きましたが、昨日の朝、元財務大臣で衆議院議員でありました、

中川昭一氏が亡なりました。


書いた通り、


私が最も好きな政治家でした


何よりも、自分の「尊敬する人」として、唯一名をあげる日本人政治家です。



最近では、失脚の原因となった「もうろう会見」の話しや、「保守派の論客」として簡単に語られることが多いですが、

実際には、国内、国外問わず、その見識、手腕を高く評価されていた政治がでありました。


非常に勉強熱心な政策通であり、軸のぶれない信念を秘め、尚かつ現実的に物事を判断出来、そして行動に移せる人物であったと思います。


自分が氏を注目し始めたのは、小泉内閣で経済産業大臣を務めていた頃、

日本が初のFTA(自由貿易協定)をシンガポール、メキシコ、フィリピンなどと調印し、

それまでは、「典型的な農水族の二世議員」くらいにしか考えていなかった、中川氏に注目しました。

特に日本の農政に打撃を与える可能性のある、メキシコやフィリピンとのFTA交渉を合意に導けた手腕、調整能力、そして現状を見据えた実行力、「実はこの人凄いんじゃね?」と思わせるに十分でしたし、

その後、日中境界線上の油田施設を空上から視察し、中国にも譲らない姿勢を貫き、

農林水産大臣時代は、06年にBSE問題後に輸入が再開したばかりの米国産牛肉に危険部位が混入されていたとして、関係大臣として、すぐに禁輸措置を取り、

アメリカに対しても、アメリカとの関係を重視する小泉総理対しても、毅然とした対応を取った方です。


失脚のきっかけになった08年のG7には財務大臣として出席。

IMFにに新興・中小国向けの新たな緊急融資制度を設ける構想を提案し、「中川構想」といて各国の支持を集め、

ウクライナやパキンスタンといった国がこの構想を元に緊急融資を受けました。(が、日本のマスコミは殆ど報道してないのは何故だ?)

さらに、塩漬けにしておく以外に利用道の無かった外貨準備金の一部を、IMFへの拠出に回し、新興国救済用の緊急融資へ利用する・・という提案に署名したのも中川氏でした。


皮肉なことに、個人的にはこの失脚の原因となったG7においてこそ、最も大きな活躍をされたと思っています。


また政治家とは対立も多いはずの官僚からの評価も高く、

「勉強熱心」、「実行力がある」との評価を多く受けておりました。


実際に、「勉強熱心」は相当なものだったようで、自身でテーマ別に分厚いファイルを作成し、答弁書も訂正、書き足しを行い、自身の言葉で話していたようです。



しかしながら、長年言われ続けていたのが飲酒にまつわる悪癖


氏をよく知る多くの人が、「シャイで繊細」と話しており、

父親の自殺後、政界入りをし、常に諸問題に取り組んでいた中で、精神的な負担も相当大きかったと思います。


自分と比べるのは厚かましいですが、自分も神経質で、変なところが繊細で、アルコール、睡眠剤の世話になったことが多々ありますので、

政治家、そして大臣と言う重責を考えると、軽々しくは批判出来ませんでした。


なので、先の衆院選で落選し、しばらく政治の世界の中心から離れることはプラスに働くのではないかと、考えてもいました。


現政権から様々な問題が表ざたになり、再び政権を問う時期になれば、中心人物として国政に戻ってこられるであろうと、と勝手に期待を抱いていただけに、

本当に残念でなりません。


日本は、憂国の士をひとり失ったと思います。


ここに謹んでご冥福をお祈り致します。
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[2009/10/05 21:52] 未分類 | TB(0) | CM(0)

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