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南相馬市小高地区復興支援ボランティア体験記 Vol1 

月曜日からお疲れ度MAXのRayです。こんばんは☆

FacebookやTwitterで何度もコメントしてますが、金曜の夜から土曜日にかけて、福島県は、南相馬市に復興支援活動で出かけて来ました☆

せっかくなので、南相馬市の現状、復興支援活動ボランティアの体験談、課題、感想などを書こうかと思います。


まず福島県、南相馬市小高地区というエリア、今年の4月(前に2月と書きましたが4月でした)にようやく立ち入り禁止規制が解除され、日中のみの立ち入りが許可されるようになりました。

つまりは福島第一原子力発電所から半径20キロ圏内です。


昨年3月の震災で南相馬市でも1000人以上の犠牲者が出た上に、その後立ち入り禁止になり、ボランティアが活動出来る様になったのは今年の5月。

その他の被災地では、ガレキの問題、復興に向けた具体的な計画の策定など、復興支援が次のステップに進む中、南相馬市小高地区はまだ、復興が始まってもいません。

約4000世帯が津波による深刻な被害を受け、多くの家が後片付けも出来ないまま避難。

積もった泥は固り、その上に草が生え、廃墟の様な状態の家も数多く、当然、電気・ガス・水道のライフラインも復旧しておらず、

被災された方々は、元の家に済むのか、移転するのか、そして行政としても移転を勧めるのか、再定住を勧めるのか、何も決められない状態、

いわば、被災当時のままの状態です。


5月にボランティアが入るようになってから、興味はずっと持っていたのですが、なにぶん自分は車も乗らないので足がない。^^;

あったとしても、片道数時間かけて行ってその後肉体労働を行い、また数時間かけて帰ってくるのは正直仕事に影響出まくり・・^^;

と、悩んでいる中見つけたのが、

3月より住み始めた、杉並区社会福祉協議会の関連団体、

杉並ボランティア・地域福祉推進センター

の主催する復興支援活動バスツアー。

足を提供してもらえ、団体で行くことにより当日の受付もスムーズに・・と良いことずくめでしたので、迷わず問い合せて応募。

正直、原発から半径20キロ圏内入り、津波・原発事故以来放置されている泥の撤去などを行う訳ですから、色々考えることもありましたが、


余り深く考えない

という結論に達し、いざ出発となった訳です。


まず南相馬市でボランティアを行う上で大変なのがその距離。


東京地域だと、東北道を二本松インターまで進み、その後は国道をさらに2時間ほど。

混み具合にもよりますが数時間掛かります。


予算の関係上豪華バスが借りられるわけでもなく、リクライニングもない状態で数時間は正直しんどい。

ボランティア活動そのものよりよほど大変かも知れません。


今回は金曜の夜9:30頃出発し、南相馬市の道の駅に朝4時頃到着。

7時前くらいまでバスの中で仮眠・・というかまぁ休憩を取り、コンビニへ朝飯買い出し。


道の駅がある原町地区は殆どが警戒区域から解除されており。パッと見は普通ですが、道の駅の近辺にも仮設住宅が並び、

災害が続いている現場に来た実感が湧きます。


正直東京にいると災害の記憶がどんどん薄れ、徐々に徐々に他人事になるのが非常に嫌でしたが現地にくるとやはり気が引き締まります。


7時半頃、バスを走らせ見て回れるエリアを少し見学しましたが、海方面に向かうと、田んぼだった広大な空き地に車が停車しているのがいくつか見えたのですが、

しばらくして停車では無く、流された車がそのままになっていること知る。

海岸に近いエリアだと、壊された水門や堤防、など、まだ破壊されたままの姿をあちらこちらに見ることが出来ます。

そんな震災の傷跡の見える位置で、多くの人々の命を奪った海では沢山のサーファー達がいました。

サーフィンが好き、という理由だけかも知れませんが、日常を取り戻す、そういう意思が見えた気もしました。


平和なサーフィンに興じる風景と、破壊された施設、そのコントラストが福島の今を語っていると感じがしました。



9時頃に、南相馬市のボランティア窓口機関である、

南相馬市生活復興ボランティアセンター


に向かい、受付、用具の貸出、オリエンテーションを受けました。


こちらの期間も社会福祉協議会の主催する団体ですが、今回ボランティアに行って発見したのは、現地のコーディネート団体の重要性。

南相馬市にこの集まったのは100人台だとは思いますが、それでも各自が勝手に行動したらパニック良いところです。

そして後で聞いたのですが、

当初はボランティアを受けたがらない被災者も数多いとのこと。


最初「?」と思いましたが、後で現場に行ってよく分かりました。


いくら「ボランティアで来ました!」と言われても、被災された方にとってはどこの誰とも知らんのが、今回我々が行った先だと、50名以上、文字通り土足で入り込んで、家財道具とっぱらって行くわけです。

こう書くとボランティアの印象悪いようですが、被災者の立場に立てばそういうことです。


自分は単純に少なくとも泥のかき出しなど、力仕事、人海戦術が必要な仕事なら行けば喜ぶでしょう、と単純に考えておりましたが、

被災者の立場に立って考える、という基本を忘れていたということに反省すると共に、現地で被災者の方々と日々顔を合わせ信頼関係を作るコーディネート組織の重要性も再認識出来ました。

また、今回多くのボランティアの方々に会いましたが、皆さん立派な人だったと思います。

皆が皆、今回作業に当たった家主さんに、「ありがとうございました」と挨拶していましたし。


人に感謝されるよりも、自分たちが勉強になった、また自分たちを受け入れてくれたことに対するお礼。


老若男女様々な人たちがいましたが、日本も捨てたもんじゃないと嬉しくなった経験です。


次回は実際の作業について書きたいと思います。

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[2012/09/25 00:56] 未分類 | TB(0) | CM(2)

被災者の中でボランティア受けたがらない人もいるんだろうな…って思ってたけど、やはりそうゆう方もいるんだね。。
こうへいの経験談を通していろいろ勉強になるわ!
[2012/09/29 19:14] - [ 編集 ]

Re: タイトルなし

被災直後に避難所とかで働く分には簡単に歓迎されても、ダメージ受けた自分の家に人が沢山来る・・ってのは抵抗ある人が多いみたい。ただ、今回も活動終えて近所の人が集まってきて、すっかり片付いた庭と家を見て「自分も申請しようかな」と話してくれたんで、地道な実績作りが一番効果ありそう☆
[2012/09/30 11:09] Ray  [ 編集 ]

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